『年齢について』

内容紹介

批評家や友人たちがしきりに自分の年齢をあげつらうことにふれた、ごく短い随筆です。三十歳のころから十歳以上も老けて見られてきたという著者は、取材旅行先の山中温泉で七十三か四と見当をつけられ、粟津では六十七か八と言われて、たいへん有難うと答えたそうです。人が七十歳と言うなら七十歳でさしつかえない、と結んでいます。初出は『小説新潮』1965年(昭和40年)3月です。

書籍

山本周五郎YouTube朗読チャンネル

本文

 ちかごろ、批評家やまわりの友人たちが、しきりに私の年齢のことをあげつらう。私自身はとしのことなど考えたためしはない。およそ三十歳のころから、つねに十歳以上も老けてみえたらしく、特に女性たちはいつも、私の本当の年齢よりは十歳は多く「見当」をつけるのであった。数年まえのことだが、越前の山中温泉へ取材旅行にいったとき、優雅なる女性の一人が私のことを「七十三か四でしょう」と見当をつけた。次ぎに粟津でその話しをしたところ、やはり優雅なる女性の一人が、「それはあんまりお可哀そうよ、どう見たって六十七か八だわ」と云った。有難う、たいへん有難う、と私は答えた。私はいま自分が何歳であるかを知らない、また知りたいとも思わない。人が七十歳だと云うなら七十歳、六十歳だと云ったら六十歳、それでなんのさしつかえもないのである。

「小説新潮」(昭和四十年三月)

底本:「暗がりの弁当」河出文庫、河出書房新社
2018(平成30)年6月20日初版発行
底本の親本:「雨のみちのく・独居のたのしみ」新潮文庫、新潮社
1984(昭和59)年12月20日発行
初出:「小説新潮」
1965(昭和40)年3月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:noriko saito
2025年6月1日作成
本文は青空文庫の公開ファイルを使用しています。