『蕭々十三年』

蕭々十三年 山本周五郎

あらすじ

天野半九郎は、岡崎藩の若き武士であり、24歳の大小姓として仕えている。彼は極めて生真面目で、人付き合いを苦手としながらも、主君・水野監物忠善への忠義心は誰よりも強かった。しかし、その忠義心ゆえに、彼の振る舞いは周囲から奇異に映り、同僚たちから距離を置かれることが多かった。

ある日、江戸城の桜田門での出来事がきっかけで、半九郎は主君に向かって「覚えていろ」と無意識に叫んでしまう。通常なら不敬とされるこの言葉だったが、水野監物はその心の内を見抜き、逆に彼を岡崎城へ転勤させ、俸禄を加増するという意外な処遇を与える。半九郎は感激し、「この主君のために命を捧げよう」と決意を新たにする。

岡崎へ移った半九郎は、主君の身の回りの世話を焼き、どんな些細なことでも尽くそうとする。しかし、彼の忠誠は次第に独りよがりとなり、周囲との協調を欠くようになる。そんな中、突然、主君から「お役御免」を言い渡され、半九郎は愕然とする。理由を問うも、水野監物は何も答えず、同僚たちも何も知らされていなかった。半九郎は、自分が何か過ちを犯したのか、あるいは誰かの陰謀で失脚させられたのかと悩み、ついには城外で主君の外出を待ち伏せて直訴を試みる。

しかし、そこで水野監物から告げられたのは、「そちの忠義は、己だけのものではないか」という厳しい言葉だった。武士の忠義は、主君一人に向けられるものではなく、家中全体の調和と協力があってこそ成り立つものである。半九郎の行動は、結果として家臣団の和を乱し、独善的なものになっていたのだ。水野監物はそれを正すために、彼を意図的に遠ざけていたのだった。この言葉に半九郎は深く打ちのめされ、涙を流して自らの未熟さを悟る。

それから13年——。

岡崎城で大火が発生し、火薬庫である炎上蔵に火の手が迫る。爆発すれば城は壊滅的な被害を受ける危機だった。誰もが恐れ逃げる中、一人の男が炎上蔵へ駆け込み、身を挺して爆発を防いだ。しかし、その男は全身が焼け焦げ、誰であるか判別がつかなかった。

それからさらに時が経ち、主君・水野監物が偶然、かつて半九郎が直訴した場所に差し掛かったとき、彼は突然気づく。——「あれは半九郎だったのか」。

彼は、13年の歳月を経て、忠誠を貫いた半九郎の真実に気づく。そして、道端に跪き、涙を流しながら彼の名を呼ぶのだった。

――13年の時を超え、忠義は静かに報われた。

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