『葦は見ていた』一人の女性と男性の深く切ない物語

葦は見ていた 山本周五郎

あらすじ

『葦は見ていた』は、山本周五郎による日本の長編小説で、濃密な人間ドラマと、運命に翻弄されながらも成長していく人物たちの姿を描いています。物語は、霧に包まれた早朝の熊井川のほとりで始まります。若い女性が、冷たい川水に足を踏み入れ、やがて自らの命を絶つ決意を固める様子が描かれます。彼女は生前、深い愛情と絶望を抱えながら、自分の身の上を綴った手紙を文箱に封じ、川のほとりに埋めます。この遺書は、後に物語の重要な謎を解く鍵となります。

物語は、この悲劇的な出来事から数年後に飛び、主要人物である藤吉計之介の人生に焦点を当てて展開します。計之介は、かつて愛した女性との別れと、その後の人生の失敗に苦しみ、自らの命を川で絶とうとします。しかし、彼の決死の試みは、幼馴染である杉丸東次郎によって阻止されます。二人は、計之介の自殺未遂の場を訪れた際に決闘を行い、その過程で互いの誤解が解け、和解に至ります。

和解後、計之介は自己改革の道を歩み始めます。彼は次第に出世し、社会的地位を築いていきますが、内心ではかつての愛と自らの過ちに苦悩し続けます。一方で、彼と深い絆で結ばれた杉丸は、計之介の成長を支え、彼の信頼できる友として行動します。二人の関係は、人生の荒波にもまれながらも変わらぬ絆で結ばれていくことになります。

ある日、計之介は釣りに出かけた際、偶然にもかつての恋人が残した手紙を発見します。手紙は彼女が自ら命を絶つ直前に書いたもので、計之介への深い愛と絶望、そして彼女が選んだ死という運命をつづっていました。この手紙を通じて、計之介は過去の愛と自己の行動を振り返り、深い反省と共に新たな人生への決意を固めます。

『葦は見ていた』は、運命の残酷さと人間の脆弱性、そして成長と再生の可能性を、繊細かつ力強い筆致で描き出しています。物語は、過去と現在、そして人間の内面と外界との複雑な関係を通じて、読者に深い感銘を与える作品となっています。山本周五郎は、この小説を通じて、人生の苦難を乗り越え、自己を見つめ直すことの大切さを伝えています。

書籍

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本文

五月はじめの朝四時ごろ、――
熊井川は濃い霧におおわれていた。まだあたりは薄暗く、どちらを見ても殆んどみとおしはきかない。川岸にはあしが茂っていた、葦は岸から川の中まで、川の中の七八間さきまでも生え、それが川上にも川下にも続いている。岸は狭く、すぐ堤に接し、その堤は十尺余りの高さであるが、土質がもろいので、絶えずぱらぱらと土が崩れていた。特にひとところ、その崩れのひどいところがあり、そこには段々に土がくぼんで、人の登りおりした跡が出来ていた。
風は少しもなかった。霧は動いているのだが、ほんの僅かに動いているだけで、よくよく眼をとめて見ないとわからないくらいだった。
そこは川の彎曲部わんきょくぶであった。観音寺の丘陵の端をまわった川が、大きく右に曲り、そこにひろいよどみをつくっている。葦はそのひろい淀みにびっしりと生え、そして互いの葉を重ねあっていた。――川波に根を洗われるためだろう、葉の茂みは絶えず(ごくかすかに)ふるえ、その白っぽい濃緑の葉は霧粒で濡れていた。
一羽のが飛び去った。川下から川上へ、霧が濃いのでかたちもおぼろだし、むろん翼の音もしないが、その飛びかたで鵜だということがわかった。
堤の上から一人の若い女がおりて来た。
あの段々に窪みの出来ているところから、灌木かんぼくの枝につかまりつかまり、危なっかしい恰好で下へおりて来、そこでまわりを眺めやった。年はもう二十一か二くらいであろう。髪のかたちや着物の着かたで、水商売をしていたらしいことが想像される。小麦色の細おもてに、眉が濃く、眼尻のあがった、いかにも勝ち気らしい顔だちであるが、小さい肩や、そこだけ緊って肉づいた腰つきなどに、洗練されたなまめかしさと色気が感じられた。
女は蒔絵まきえ文筥ふばこを持っていた。その文筥はかなり古びたもので、結んだしでひもも太く、その紫の色もすっかり褪色たいしょくしていた。
女は振向いて堤の上を見、それから川の向うを見た。遠くを見るときには、その眼が細くなり、眉間みけんしわがよった。やがて、――女は地面の上に文筥を置いた。そこは、絶えず堤から崩れる土で、少しばかり高くなっている。女はその高くなった処へ文筥を置き、それから着物の裾をからげて帯にはさんだ。下からは水色の縮緬ちりめん二布ふたのがあらわれたが、女はさらにその二布をからげ、左右の端をしっかりと結び合せた。すると彼女のしなやかな、すんなりとかたちのいい脛が、膝のところまできだしになった。
「これでいいかしら」女はつぶやいた、「ほかにしようがないわね、まあいいわ」と女はうなずいた、「あんまり恥ずかしい恰好になりさえしなければいいんだから、――これでいいわ」
女は帯をしらべ、着物のえりを直した。右手の小指でびんの毛をきあげ、川の上下をうかがうように見た。
空がやや明るくなり、霧が動きだした。
女はそっと草履をぬいだ。霧で濡れた地面に、素足が冷たそうである。女は草履をきちんとそろえ、川のほうへ向けて汀に置いた。それから静かに川の中へ入っていった。――初めに水の中へ足を入れたとき、彼女は身ぶるいをして肩をちぢめた。しかしためらうようすはなかった。ひと足ずつ静かに、爪尖つまさきで底をさぐりながら、葦の間を進んでいった。葦たちは彼女に押し分けられて傾き、さやさやと葉ずれの音をたて、彼女の手がはなれると大きくはね返って、こんどはがさがさと騒がしく揺れた。
葦の間をぬけ出たとき、女のからだはずぶっと腰まで水に浸った。そこから深くなっているのだろう、のめりそうになり、両腕を振るのが見えた。
女はそこでちょっと立停った。霧の動きがしだいに早くなり、女の姿が薄くなったり濃くなったりする。それからまもなく、女はまた進みだした、川心に向って、――水は腰から胸のあたりまであがった。濃い霧の条が来て、いちど女の姿をすっかり隠した。次に見えたとき、女は殆んど首まで浸っていたが、そのとたんにふっとその首も水の中に沈んだ。そこに水の輪ができ、静かに輪がひろがった。
まもなくまた女の頭が見えた。沈んだ処から四五間川下で、ばしゃばしゃと水を叩き、はっはと短くあえいだ。そして、いちど沈んだかと思うと、もっと川下でもういちど頭が浮いた。それはかなり早い速度で川下のほうへと流されていたが、もう霧にさえぎられてよくは見えなかった。
「計さん」女の声がした、「計之介さん」
それは水を含んだ口から出る声であった。つづいて「かぼっ」という水音がし、もうなにも聞えなくなった。
空はますます明るくなり、風立って来た。風は川上のほうから静かに吹きはじめた。そちらから順々に葦が揺れて来るので、吹いて来る方向がわかった。すると、霧はにわかに巻きたって、条になり渦になり、川下のほうへと流れはじめた。川岸の夏草も、堤の灌木かんぼくの茂みも、びっしょりと霧粒のために濡れた。
汀に置かれた草履も、あの文筥も濡れていた。――葦たちは、まるでいまの出来事を互いにささやき交わすかのように、片向きに揺れてはさやさやと葉ずれの音をたてていた。

明くる朝の午前五時まえ、――
観音寺の丘の上で、杉丸東次郎が藤吉計之介の来るのを待っていた。そこは寺のうしろにある平らな丘で、晴れていれば、前方には寺の大屋根や鐘楼を越して、城下町と城のある鶴ヶ岡の森が見えるのだが、濃い朝霧が視野をおおっているため、寺の屋根も鐘楼もおぼろにしか見えない。丘のうしろは雑木林の繁った斜面で、その下は熊井川の流れである。熊井川は観音寺の丘陵の北端をまわり、大きく迂曲うきょくして、そこにひろいよどみをつくっており(これも晴れていれば)その淀みや、対岸の街道や林野が眺められるのであるが、いまは川そのものさえ、灰白色のとばりさえぎられて見えなかった。
「いやだめだ、もうとうていむだだ」東次郎は首を振りながら呟いた、「思いきってやるほうがいい、さもなければ武士として破滅するばかりだ、思いきってやるほうが友情だろう」
彼は丘の向うを見た。
空が明るくなり、静かに風が出て、さっと霧が巻きあがった。東次郎は刀の下緒を外し、それをたすきにかけると、ふところからたたんださらし木綿を出して、しっかりと額に汗止めをした。そのとき観音寺の鐘が鳴りはじめた。
「時刻だな」と彼は呟いた、「いよいよそのときか、――」
東次郎ははかま股立ももだちをしぼった。
鐘楼は丘のかげにあるので、それほど音は高くないが、鐘の響きは濃霧にこもって長く、一音、一音がおもおもしく、長く尾をひいて、城下町のほうへと鳴りわたっていった。
東次郎はふと眼をそばめた。向うの、丘の登り口に人の姿が見えたのである。霧のためにはっきりしないが、藤吉計之介にまちがいはない。――彼は刀の目釘めくぎをしめし、草履をぬいで足袋はだしになった。
計之介は走って来た。
東次郎は足もとを眺めやり、それから、刀のつかに手をかけて、走って来る計之介のほうを見た。計之介は三間ほど先で停った。
計之介はあおい顔をしていた。頬骨の出た、ひどくやつれた顔が、走って来たあとなのに蒼白く、そうして激しくあえいでいた。
「こっちはいいぞ」と東次郎が云った、「待っているから早く支度をしろ」
「それには及ばない」
計之介は刀を抜いた。
「支度をしろ」と東次郎が云った、「そんな恰好で勝負ができるか」
「なに、――なに、きさまくらい」
計之介は身構えをした。
「だめだ」東次郎は首を振った、「そんな恰好で勝負ができるものか、ちゃんと支度をしなければおれはやめる」
そのとき鐘が鳴りやんだ。最後にかれた一音が、ゆっくりと、余韻を残して消えた。その消えかかる余韻のなかで、計之介が叫んだ。
「これでもか」
そして彼は斬り込んだ。
刀をふりかぶり、足場も計らずに、ただ真向から斬り込んだ。東次郎は左へかわしながら刀を抜いた。計之介は踏み止り、振返るとすぐに突を入れた。東次郎は右へ躱した。計之介はまた斬りつけた。こんどは上段から打ちおろし、それを返して横に払った。
「よせ、藤吉」と東次郎が叫んだ、「きさま気でも狂ったのか」
計之介はまたとびかかった。東次郎は横へ身をひらきながら、すばやく計之介の足を(自分の足で)すくった。計之介はのめっていって転倒した。彼の手から刀が飛んだ、彼は倒れたまま起きようともせず、みじめな声で叫んだ。
「斬れ、杉丸、斬ってくれ」
東次郎はこっちから眺めていた。
「斬ってくれ、斬らないのか」
東次郎は刀をさやにおさめ、身支度を解いた。そして、濡れた足袋をぬいで草履をはき、足袋は懐紙に包んでたもとへ入れた。彼はそのあいだも計之介から眼をはなさず、やがて、草むらの中から計之介の刀を拾いあげると、静かに近よっていって呼びかけた。
「起きろ、人が来るとみっともない、起きてわけを話せ」と東次郎は云った、「いったい、どうしたんだ」
「おれは斬られたかった」
「起きて話せ」
「おれは斬られるつもりで来たんだ」
「さあ、起きて刀をしまえ」と東次郎は云った、「果し合をしずに済めばそれに越したことはない、さあ起きてちゃんとしてくれ」
計之介は起きあがった。東次郎が刀を渡すと、立って、顔をそむけたまま鞘におさめた。
「おれは恥ずかしくって死にたいんだ」
「ひと言だけ云え」東次郎が云った、「なにがあったんだ」
「あいつが、――逃げた」
東次郎は黙って次を待った。
「昨日の夜明けまえに」と計之介が云った、「おれが眼をさましたら、あいつはもういなかった」
「――たしかにか」
「有るだけの金と、あの漢鏡がない」と計之介は云った、「金のほうは僅かだが、漢鏡が家宝で、高価だということを知っていた、それが無いんだ、――おれは昨日、一日じゅう捜しまわった、だがあいつはどこにもいない、もう逃げたことは確実だ」
東次郎は歩みよって、計之介の肩へ手を置いた。
「危ないところだった」東次郎は云った、「よかった、藤吉、よかったよ、天の助けだ」
「おれは恥ずかしい、ただもう恥ずかしい」
「うちへゆこう」と東次郎が云った、「うちへいって朝飯を食おう」
「ゆける筈はないじゃないか」
「ゆけなくってさ」と東次郎が云った、「いま藤吉は恥ずかしいと云った、しかしそれはちがう、恥ずかしいというのは昨日までの藤吉だ、いまの藤吉には恥ずかしいことなんかありゃあしない、いっしょにゆこう」
「有難いが、それだけはできない」
「おれはつれてゆくよ」
「それは残酷だ」と計之介は云った、「あれだけの醜態をさらして、ほかの人たちはともかく、深江さんの前へ出られる道理がない、それはあんまり残酷だ」
「いっしょにゆこう」東次郎は云った、「腫物はれものを切開するときには、思いきって、一遍にやるものだ、なし崩しにやっても痛みが減りはしない、恥ずかしいおもいも一遍にしてしまえ、そうすればさっぱりするよ」
計之介は不決断にうなずいた。
「さあゆこう」と東次郎が云った、「おれがうまくやるよ」
二人は歩きだした。空はすっかり明るくなり、風のために、もう霧も殆んど吹きはらわれていた。丘の下り口までゆくと、朝の光りをあびた城下町の向うに、鶴ヶ岡の森と、城の天守閣が爽やかに眺められた。
二人は坂をおりていった。

二人は辻町にある杉丸の家へいった。
東次郎は百二十石の納戸役で、家族は母親と、めとってまのない妻と、深江という妹の三人であった。
「休暇を三日もらってあるんだ」と東次郎は云った、「今日は特別だから、ひとつ酒をつけてゆっくりしよう」
東次郎がみみうちをしたとみえ、みんなの態度はごく自然で、他人行儀なようすは少しもみせなかった。妻女とは初めて会うのだが、その妻も旧知のようにふるまった。
酒はなごやかに進んだ。
深江が給仕に坐った。彼女は二十歳になる、躯の小柄な、まる顔の健康そうな娘、笑うとかなり大きな八重歯が見える。それが恥ずかしいのだろう、笑うときには必ず、手の甲を返して口を掩った。
――ばかだね、隠すことはないじゃないか。
東次郎はたびたび云った。
――八重歯は愛嬌あいきょうがあっていいものだ、おまえの顔は八重歯の見えてちょうどいいくらいなんだぜ。
――だって大きすぎるのよ。
と深江は(口を掩いながら)云うのであった。
――わたくしのは八重歯ではなくって、鬼歯みたようなんですもの、恥ずかしいわ。
計之介と深江とは、五年まえに婚約していた。計之介のほうに事情があり、このところ二年以上もこの家へはよりつかなかった。そのため深江は二十という年になってしまったのであるが、――彼女のようすには変ったところはなかった。計之介にはそれが、むしろ呵責かしゃくであったが、しかしうれしさも大きかった。彼女に少しも変ったようすがなく、まえと同じように受けれてくれるのをみて、彼は強い自責と深いよろこびとを、二重に感ずるのであった。
食事が終ると、計之介は別れを告げた。
「明後日ゆくよ」と東次郎が云った、「そのときすっかり話を聞こう」
計之介は頷いた。東次郎は玄関まで送って出た。
「松野老へはおれが知らせよう」東次郎は云った、「召使などもおれがなんとかするから、まず藤吉はゆっくり寝ることだ」
計之介は眼をそむけながら頷いた。
「松野老がどんなに喜ぶことか」
東次郎は呟くように云った。殆んど独り言のようであった。計之介は東次郎の顔を振返って見て、それから玄関を出ていった。
藤吉の家は竹屋敷という処にあった。
計之介が帰って一刻ばかりすると、家扶かふの松野伊太夫いだゆうが、二人の下僕をつれて来た。松野は父の代からの家扶であるが、半年まえに自分から暇を取り、親類の家に寄食していたものであった。――計之介の居間へ、戻った挨拶に来たとき、松野は泣いた。
「杉丸さまからうかがいました」と松野伊太夫は云った、「あのときは無礼なことを申上げましたが、どうぞおゆるし下さいますよう」
計之介は頭を垂れた。そして低い声で云った。
「勘弁しておくれ、私はやり直すからね」
松野は「はい」といった。
「私は立ち直ってみせる」と計之介は云った、「きっと立ち直ってみせるよ、きっとだ」
計之介の眼からも涙がこぼれ落ちた。
臨時に雇った二人の下僕をさしずして、松野が家の中をきれいに片づけた。家財道具も殆んどなく、家じゅうが荒れ放題になっていた。それをきれいにし、さしあたり入用な物を買いいれた。金は杉丸が都合してくれたらしい、あとで「残ったから」といって、二両ほどの金を計之介に渡した。
中一日おいて東次郎が訪ねて来た。
そのときはもう、松野の老妻も戻っていたので、つつましく酒肴のぜんこしらえ、昼食を共にしながら話した。
計之介はすっかり話した。話す必要もなくまた話せないことはべつにして、できるだけありのままに告白した。
藤吉の家は五百三十石の中老で、父の舎人とねりそば御用を勤めたこともあり、酒も煙草も口にしたことのない、謹直な人であった。計之介は一人息子だったが、決してあまやかされるようなことはなかったし、生れつき温和おとなしく、頭のいい子で、藩校ではよく褒賞を与えられた。――杉丸東次郎とは精心館で知りあった。東次郎は計之介より一つ年長で、精心館道場では俊秀といわれていた。計之介はついに彼に及ばなかったが、それでも上位の中軸くらいまでは使ったし、ときには東次郎と三本に一本くらいの勝負をすることもあった。
二十歳前後から、彼にはふしぎに人望が集まって、「やがて国老になるだろう」などという評が広まった。父が側御用を勤めたし、国老三席のうち、一つは中老から選出される定めなので、無根の評ではないが、そんな年ごろでそういう人望の集まることは、彼自身にはかなり重荷に感じられた。
――そんなことを気にするな。
東次郎は、しばしば彼を励ました。
――世評なんて勝手なものだし、国老になったっていいじゃないか、国老になったって悪くはないぜ。
――よしてくれ、おれは静かに暮したいんだ。
計之介は学問が好きだった。できることなら一生、静かに学問をして暮したかった。
二十三歳のとき、彼は深江を妻に欲しいと申し込んだ。東次郎は妹の気持をきいてから承知し、婚約がまとまった。深江は十五歳だったが、彼女はおくてらしく、躯つきも気持もまだ子供のようであった。
――二年ばかり待ってやってくれ。
と東次郎が云い、計之介は承知した。
彼が二十五になった年、母が死に、続いて父が江戸で死んだ。計之介は父の葬儀のために江戸へゆき、そこで女と知りあった。
女は柳橋の芸妓で、名をおひさといい、もう二十二歳であった。計之介は亡父の友人の催してくれた宴席で彼女に逢い、そのあと、彼女に求められて、一人で隠れて逢いにいった。
――もう一度だけいらしって。
と、おひさはせがんだ。
――お国へお帰りになれば、もう一生おめにかかれないんですもの、ね、もう一度だけ。
それがたび重なった。江戸という都会が珍しく、芸妓あそびというものが珍しく、そして初めて知った女であった。計之介は女のつよい情にかれた。決して嫌いではなかったし、はなれ難い気持もあったが、結局はあそびであり、江戸にいるあいだのことだと思っていた。
彼は七十日を済ませて帰国した。別れに逢ったとき、おひさは泣きとおした。
――どうしてもあなたが忘れられない、いっそ死んでしまいたい。
女は声をあげて泣き、幾たびも彼の腕をんで、その自分の歯のあとへ狂ったように頬ずりをした。
帰国してからまもなく、彼は無名の手紙で料亭へ呼びだされた。新京橋に近い、「源宗」という料理茶屋で、いってみるとおひさであった。彼女はすっかり窶れて、病人のようにみえた。彼女は計之介を見ると哀れに笑い、肩をちぢめながら云った。
――どうぞ叱らないで下さい。
――どうしたんだ。
彼にはわけがわからなかった。
――お願いですから叱らないで。
ひさは彼にしがみつき、そして激しく泣きだした。

計之介はちょっと黙った。
「それは知らなかった」と東次郎が云った、「そうか、江戸からやって来たのか」
計之介は暫く黙って、それからまた話し続けた。
ひさは江戸をぬけて来、この城下の木花町で芸妓になった。彼に逢おうとは思わなかった、ただ彼のいる土地に住みたい一心だった、と云った。
――でも一度だけおめにかかりたかったので、思いきって手紙をさしあげたんです。
ひさはそう云って微笑した。
――これで気が済みました、いちど逢えたし、同じ土地にいられるのだから本望です、もう二度と御迷惑はかけませんわ。
ひさは本気だったろうか。
「それはわからない」と計之介は云った、「本当にそれっきり逢わないつもりだったか、それとも、そうするほうが男をもっと惹きつける、ということを知っていたためか、どっちともわからない、ともかく、――その後おひさから呼びだしは来なかった」
しかし計之介のほうから逢いにいった。
逢いにゆかずにはいられなかった。初めておひさによって女を知り、僅かな期間ではあるが繰り返されて、それがどんなに強い誘惑であるかわかっていた。そのうえ、江戸をぬけて来た女の、ひたむきな、思いつめた気持もあわれであった。
――これで本望だ。
こんな田舎の城下町で芸妓になって、それでも同じ土地にいられるから本望だという。おひさの言葉は彼の心を刺し、彼の心をつかんだ。
――いらしってはだめよ。
ひさは云った。計之介が逢いにゆくたびに、おひさはそう云うのであった。
――土地が狭いからすぐうわさになります、これっきりいらっしゃらないでね。
計之介もそうしようと思った。深江に対しても気がとがめた、深江は十七になり、ずっと娘らしくなっている。いっそ深江と結婚してしまおう、そうすれば女を忘れられるかもしれない、彼はそうも考えた。するとかえって執着が強くなった。おひさの身についた、男を夢中にさせる技巧にか、――そうかもわからない。しかしそれ以上に、女の思いつめたすがたが、あまりに哀れでいじらしかった。馴染のない土地の座敷で、田舎客を相手にうたったり踊ったりしている姿を想像すると、もうそれで、逢いにゆかずにはいられなくなるのであった。
――こんどこそ、これっきりよ。
ひさはそう云った。こんど来たってもう逢わないとも云った。しかも逢う度数は増してゆくばかりであった。
――こんなことをしていてどうなるの。
――そのうちに飽きるさ、大丈夫だよ。
――そうね、どうせ御夫婦になれるわけじゃないし、そのうちには飽きるかもしれないわね。
――そうだとも、二人ともきっと飽きてくるよ。
そして二人の仲はさらに深くなった。
「もう半年もしたら、本当に飽きて別れたかもしれない」と計之介は云った、「しかしそのとき、まわりで二人の仲が評判になり、松野がしきりに意見を云いはじめた」
「松野はおれのところへ相談に来た」と東次郎が云った、「おれはもう少し待てと云った、もうやむだろうから、もう少し黙っているがいいと云ったんだ」
「松野はそれができなかった」と計之介は云った、「もう金がなくなりかけていたんだ」
伊太夫は金のことは云わなかった。杉丸家に聞えては済まない。家中かちゅうの評にのぼっても、家名にきずがつくからと云った。それからの二人はそれまでの二人とは違ってきた。みんながにらんでいる、みんなが仲をさこうとしている、もうおおっぴらには逢えない。二人はそう思い、隠れて逢うようになった。それが二人をもっと強くむすびつけた。世間の眼を忍ぶことで、お互いへの愛情も、快楽への誘惑も激しくなり、一日も逢わずにはいられないようになっていった。
計之介も女も借金がかさんだ。
彼は松野に云えない金を借りてまわり、おひさは彼の気づかないところで借金をつくった。いうまでもない、二人は世間の眼を忍ぶために、却って世間の噂を高めるような結果になった。――給銀が払えないので、松野は召使たちに暇をやり、三人いた家士たちもつぎつぎに去った。
父の舎人が死に、彼があとを相続したので、もうなにか役に就くじぶんであった。しかしなんの沙汰もない、おそらく女との噂が邪魔をしているのだろう。役に就かなければ(中老の家格に変りはないが)食禄しょくろくは三分の一減らされる。生活はぎりぎりまでゆき詰った。
「そのとき女がうちあけたんだ」と計之介は云った、「はじめは泣くばかりで、どうしても云わなかったが、おれがせめにせめたら、――もうこれで逢えない、自分はほかの土地へくら替えしなければならないのだと云った」
計之介は初めて女の借金を知った。
江戸から来て一年半ばかりの期間に、女は背負いきれないほどの借金をつくっていたし、もう延ばせない期限が来ていた。金を返すか、他の土地へくら替えするか、どちらかにしなければならなくなっていた。
――よし、金をつくろう。
計之介は云った。
――その金をきれいにすれば、おまえの躯は自由になるんだろう。
――そうして江戸へ帰れとおっしゃるの。
――金をつくってからだ。
――あたしをくら替えさせて。
――おれに金がつくれないと思うのか。
――お願いだからくら替えをさせて。
そんなに遠い処ではないからくら替えしても逢えないことはない。むしろ土地が離れるから、気兼ねなしに逢えるだろう。おひさはそう云った。しかし彼にはそうはできなかった、彼のために江戸をぬけ、彼のためにそんな借金を負わせて、それで黙って見ていられるものではなかった。
彼は松野に無断で、家にある書画やめぼしい道具を売った。
松野は怒った。父の代から仕えていて、温和しい一方の、忠実で勤直な彼が怒った。
――私はお暇を頂きます。
松野はふるえながら云った。計之介は勝手にしろと云った。
――その代りなにも云うな。
松野はなにも云わなかった。松野は意見らしいことはなにも云わずに、妻と二人で出ていった。そして、計之介は一人になった。
「おれが松野にそうしろと云ったのだ」と東次郎が云った、「そうして暫くようすをみるがいいと」
「いまになればわかるが、あのときは頭が狂っていた」と計之介は云った、「よし、それならこっちもゆくところまでいってやれ、どうなるものか、――」
そうして彼は女を自宅へ引取った。

二人だけの生活が始まった。
それは激しい消耗の生活であった。男は世間から棄てられた怒りと絶望とを、女と歓楽におぼれることで忘れようとし、女は男をそんな境遇に追いこんだ自責から、もっと深い快楽を男に与えることで償おうとした。たしかに、計之介にはそう思われた。女の飽くことを知らないような求めや、焦燥や、強烈な歓喜と陶酔の表現は、しだいにその度を高め、昂進こうしんするばかりであったが、同時に(どんなに狂的な快楽のなかでも)いつも罪の呵責かしゃくと赦しを乞う涙をともなっていた。
――あたしが悪いのよ、あたしがあなたをこんなにしてしまったのよ、ごめんなさい、堪忍して、堪忍して。
ひさ身悶みもだえをし、声をあげて泣くのであった。計之介はそれをやめさせようとし、ときにしばしば女の口をふさいでどなりさえした。
――やめろ、やめてくれ、こうなったのは誰の責任でもない、もしなにが悪いかというなら、それは二人がめぐりあったことだ。
――それだけは仰しゃらないで。
――悪いとすればそのことだというんだ。
――あなたは情なしよ。
――おまえが自分を責めすぎるからだ。
――あなたは薄情者よ、あたしはそのことをどんなに有難く思っているかしれないのに。
ひさは云った。
――あたしは自分がどうなってもいい、あなたとめぐりあえたことがあたしにはうれしい、あたしにはそれがなにより有難いことだわ。
そして女は絶えいるように泣いた。
これらのことは計之介は話さなかった。お互いの身も心もきつくすような日夜のことは、話しようもなかったし、話す必要もなかったからである。……生活はまったくその日ぐらしになった。計之介は家じゅうの物を売った。女は着たきりで、髪道具も持っていなかった。彼はまえにめぼしい物をすっかり売ったので、残ったのはたいてい恥ずかしいような品ばかりであった。しかしどんなに些少さしょうでも、それが銭になる物なら片端から売った。
――もう少しよ。もう少し。
女は苦悶くもんの声をあげながら叫んだ。
――あたしもうすぐに出てゆくわ、だからもう少しのあいだ堪忍して。
だが、おひさは出てはゆかずに、自分がかせぐと云いだした。いっしょに江戸へゆこう、江戸なら充分に稼げるし、あなたも肩身のせまいおもいをせずに暮すことができる。いっしょに江戸へゆきましょう、そう云ってくどきはじめた。
――さもなければ、あたしたち餓死をしてしまうわ。
――おまえは餓死がいやか。
――あなたを餓死させられると思って。
――ゆきたければおまえ一人でゆけ、おまえ江戸へ帰りたいんだろう。
――あなたには女の気持がわからないのね。
――一人でゆけ、おれはいやだ。
家の中はからになった。もう屑屋くずやでもなければ買わないような物ばかりで、それを売るのもおひさの役になった。すると或る日、おひさが一面の古鏡を捜しだして来た。
――それは売れないんだ。
と計之介は云った。
――それは古くから藤吉に伝わっている家宝で、代々この家の主婦の持つものになっている、祖母から母へ、母から、……そうだ、それはおまえに渡されるものなんだ。
――あたしにですって。
――おまえがおれの妻なら、当然それはおまえに伝わるものだ。
ひさは珍しそうに、それをうち返し眺めた。それは青銅で鋳た八花形の手鏡で、直径四寸ばかり、裏に竜の浮彫があった。
――ずいぶん古いものらしいわね。
――漢鏡というから、千年以上も昔のものだろうね。
――では、たいそうな値段でしょう。
――よく知らないが、売るとすれば相当なものらしいよ。
ひさは魅せられたように飽かずその鏡を眺めていた。そして深い溜息ためいきをつき、やがてさもさも惜しそうに、元のはこの中へしまった。
――あたしには勿体もったいないわ。
――おまえのものなんだよ。
――こんな尊い高価な物なんて、あたしなんかには勿体ないことよ。
ひさはそれを元あった場所へ戻した。
「それはいつごろのことだ」と東次郎がいた。
「つい二十日ばかりまえだ」
「そしておれが来たんだな」
「初めて杉丸が来た」と計之介が云った、「おれは杉丸の顔を見たとき、いよいよこれでけりがつくだろうと思った」
そのとき彼は初めから逆上していた。
東次郎は穏やかに話そうとした。東次郎はがまんできるだけがまんし、もうそれ以上がまんができなくなって来たのであった。しかも東次郎は穏やかに話すつもりだったし、辛抱のできる限り穏やかに話した。けれどもこちらが逆上しているので、たちまち声が荒くなり、互いに言葉がするどくなった。
――意見めいた口をやめろ、本心を云ったらどうだ。
計之介が嘲笑ちょうしょうして云った。
――おれに女と別れろというのは、おれのためではなく、女と別れさせて、おれを自分の妹といっしょにさせるためだろう。
――深江の名を出すな、深江の知ったことではない。
――深江さんとおれとは五年まえから婚約がある、それは家中でたいていの者が知っている、女のためにそれがこわされては面目にかかわるから。
――黙れ、黙れ藤吉。
東次郎は叫んだ。
――きさまそんなにも卑しくなったのか、あの女のために、そんなにも卑しい人間になったのか。
――女がどうしたって。
――相手がどんなに卑しい女だからって、自分まで卑しくなるとは情けないやつだ。
――その言葉は赦せないぞ。
――卑しいと云ったからか。
――女を誹謗ひぼうしたからだ、取消せ。
――いやだと云ったらどうする。
――念には及ばない、決闘だ。
すると東次郎は冷笑して云った。
――決闘などと云う気持ぐらいはまだ残っていたんだな。
――いやとは云わさんぞ。
――場所と時刻を云え。
――あさっての朝の五時、観音寺の丘で会おう。

「その明くる朝、――杉丸の来てくれた、明くる朝のことだ」と計之介は云った、「眼がさめてみると女がいない、手洗いにでもいったか、起きて朝の支度でもしているのかと思ったが、いくら待っても音もけはいもしない、ふっと気がついて、女の夜具をさぐってみた、するとそれがすっかり冷たくなっている、おれは逃げたなと直感した、それまでそんなことは考えもしなかった、女が逃げるかもしれないなどということは、爪のさきほども疑ったことはなかった」
それにもかかわらず、彼は「女が逃げた」と直感した。
――だがそんなことはある筈がない。
計之介は自分の直感をすぐにうち消した。たぶん金でも都合しにいったのであろう、自分でそう思いなだめて、いらいらしながら待っていた。もちろんおひさの帰るようすはない、午後になると矢もたても堪らず、彼は木花町へでかけていった。そして女の住込んでいた家や、出先の茶屋を(外聞も忘れて)訊きまわった。女はどこにもいなかった。計之介は酒を飲んだ、馬子や人足などのいる店で、いやな匂いのする酒まで飲み、悪酔いをして、家へ帰るとそのまま酔いつぶれた。
「眼がさめたのは夜半すぎだろう、夢のなかで思いだしたらしいが、眼がさめるとすぐに漢鏡のことに気がついた」
「なかったんだな」
「なかった」と計之介が云った、「捜しにゆくと匣だけはあったが、中の漢鏡はなくなっていた、もう疑うまでもない、逃げたということがはっきりわかった」
それは計之介に残された、たった一つの金めな品であった。伝来の家宝であり、高価に売れることも女は知っていた。
「あいつはおれをしぼれるだけ搾った」と計之介は云った、「そうして、もうおれから搾るものがなくなり、家名の存続も危なくなったので、それだけは残しておいた鏡を持って逃げたのだ」
「まえの晩、――」と東次郎が云った、「深江のことが話に出たからではないか」
「いや、深江さんのことはまえから知っていたんだ」
もう話すことはなかった。
「おれは自殺しようと思った」
「それ以上のことをしたよ」と東次郎が云った、「藤吉は約束どおり観音寺の丘へ来た、そして事実をありのままにうちあけた、これは勇気がなくてはできないことだ」
東次郎は二つのさかずきに酒を注ぎ、「いっしょに持ってくれ」と云った。
「この経験を活かしてくれ」と東次郎は低い声で云った、「藤吉の経験したことは、そうざらにあるものではない、たいていの者ならそれでまいってしまうと思う、――しかしおれは藤吉を信ずる、藤吉は必ず立ち直るだろうし、そのときにはこの経験が大きな価値をもつだろうと思う、たのむよ」
計之介は眼を伏せていた。東次郎の言葉を心に刻みつけるかのように、じっと眼を伏せて聞き、それから、いっしょにその盃の酒を飲んで、やはり下を見たままで云った。
「深江さんは堪忍するだろうか」
「わからない」と東次郎が云った、「これまでなにも云わなかったから、堪忍しているのかもしれない、このあいだの朝のようすではそう思えるが、本心がどうだったかは訊いてみなければわからないと思う」
「それなら訊かないでくれ」計之介は云った、「そのときが来たらおれが自分で訊くよ、もしもそのときまで、あのひとが待っていてくれたらだけれど、――」
東次郎は彼の眼を見て頷いた。
藤吉計之介は立ち直った。東次郎が予想していたよりはるかに早く、確実に、――立ち直った計之介は以前の彼ではなかった。女とのことが起こるまえは、彼は温和しくて学問好きなお坊ちゃんであった。厳格には育てられたが、一人息子の気弱さと、恥ずかしがりやな性分がめだっていた。それがすっかり変ったのである。顔つきにも態度にも、内にひそめた力感と、しんの強さがあらわれ、言葉つきなどもはっきりと明白になった。――それはちょうど、重患から恢復かいふくした者が、まえよりもずっと健康になるような例に似ていた。
明くる年の二月、計之介は中老の席につき、深江と結婚した。彼はべつに謝罪めいたことは云わなかったし、深江にも彼の過失を咎めるようすはなかった。
結婚して二年めに長男の小太郎が生れ、一年おいて二男の杉之助が生れた。そのとき、計之介は妻に云った。
「男の子が二人あればいい、もう子供は生まないことにするよ」
深江はそうでございますかと答えた。彼女には良人おっとがなぜそんなことを云うのか、そのときは見当もつかなかったのである。しかし日の経つにしたがって、良人がしぜんでない方法をとるようになり、それがいつまでも続くので、不審に耐えられなくなって訊いた。
「あなた本当にもう子供は生まないおつもりなのですか」
「おまえは冗談だとでも思っていたのか」
「どうしてですの」と深江は云った、「それは男の子が二人いれば不足とは申せませんでしょうけれど、この二人がまちがいなく無事に育つという証拠もございませんわ、いつ一人が欠けるか、いいえ二人ともとられるようなことになるかもしれないではございませんか」
「そんな心配をしたらきりがない」と計之介は云った、「私は一人っ子だが無事に育ったからね」
「もちろんたとえに申上げたのですわ」と深江は云った、「でも、そんな譬えはべつにしても、藤吉家くらいの身分でしたら、子供が三人や四人あってもおかしくはないと思うんですけれど」
「計算してみたことがあるか」
「計算ですって」
「五百三十石という食禄で、どれだけの生活をしなければならないか、ということをさ」計之介が云った、「子を生んで育てることは、日雇人足にもできるだろう、しかし成長した子供をどうする、日雇人足なら馬子にしても駕籠舁かごかきにしてもいい、だが武家ではそうはいかない、どんなに貧しくとも、武家では子供を馬子や駕籠舁にすることはできない、――おまえにもそれだけはわかるだろう」
深江は頭を垂れた。
「藤吉家を相続するのは一人、あとは養子にゆくか、さもなければ部屋住で一生を終るよりほかにしようがない」と計之介は云った、「もっと大身なら分知ということもできるが、五百三十石の中老では不可能だからな」
深江は寒けにおそわれたように、肩をそっとちぢめた。計之介は云った。
「子供は二人でたくさんだよ」

計之介は三十五歳のとき江戸詰になり、中老のまま留守役監事という役についた。知れているとおり留守役は藩の外交官で、監事はその事務を統轄する役目だった。仕事はごくじみちであるが、藩政の全般を知るのに適した位地であるため、後年彼には非常に役立ったようである。
江戸詰の任期は三年であるが、役付きになったために、計之介は江戸に六年いた、このあいだに国許くにもとへ二度帰ったが、そのたびに、彼の人柄が変ってゆくのを、周囲の者ははっきりと認めた。躯もがっちりと固肥りになり、顔つきには意志の強さと、一種の威厳さえあらわれだした。帰国すれば杉丸東次郎と会い、二人だけで食事をするのが例であったし、そのときはうちとけたようすで、いかにも楽しそうにするのだが、しかもなお、身分の差というものが歴然と感じられるのであった。
「みごとに立ち直ったものだ」と東次郎は深江に云った、「もうまちがいはない、彼はきっと国老になるぞ」
かつて予想された評が、しだいに家中ぜんたいの輿望になっていった。
留守役監事を六年勤めた彼は、側用人にあげられて、二百石加増された。側用人はむずかしい役で、どう勤めても悪くいわれやすい。藩主と重臣の間に立つから、些細ささいなことでもすぐ批判のたねになる。肉躰的にも精神的にもつねに負担が大きく、よほど健康で頭がよくなければ勤まらなかった。
側用人になったとき、彼は名を頼母たのもと改め、長男の小太郎に計之介をなのらせた。彼はその役をみごとに勤めた。江戸でも国許でも評判は上々で、特に藩主の信任があつく、しばしば褒賞されて刀や衣服を賜わった。そうして四年、いよいよ国老になるときが来ると、彼は躯の不調を理由に退職の願いを出して、家中の人たちを驚かした。
城代家老は殆んど終身であるが、江戸と国許を通じて、次席以下四人の家老は五年が任期になっており、一人は中老から選ばれるのである。ちょうどその中老の交代する年になって、頼母は退職願いを出したのであった。周囲の者も思いとまるように云い、藩主からも特に慰留の沙汰があったが、彼はどうしても辞意をひるがえさなかった。
――躯の調子が悪いので、このままでは充分な御奉公ができない、将来お役に立つためにも、二三年お暇を頂いて健康をとりもどしたい。
こう云ってついに職をしりぞいてしまった。
もちろんそれは口実で、杉丸東次郎だけには本心を語った。
「私は順調に出世しすぎた」と頼母は云った、「これまでは幸い不評も買わずに済んだが、このまま国老になれば必ず反感をもたれる、私にはそれが眼に見るようにわかるんだ」
「そうかもしれない」と東次郎が云った、「しかし次の交代は五年さきになるよ」
「そうらしいな」
「五年のあいだ情勢が変らずにいると思うのかね」
「どうだかな」と頼母は云った、「交代国老を待っているとすればその点も考えるだろうが、私は五年も遊んでいないつもりだよ」
東次郎は頼母の顔を見た。頼母は微笑しながら頷いた。
「そうなんだ」と頼母は云った、「杉丸だけにうちあけるが、私は城代が望みなんだ」
東次郎は圧倒されてものが云えなかった。
――たいした人間になったものだ。
と東次郎は心の中で呟いた。
――だが、本当にこの男は城代になるかもしれぬぞ。
頼母の隠居生活が始まった。長男の計之介は十五歳、二男の杉之助は十三歳になっていた。頼母は殆んど子供には無関心で、藩の文庫から書物を借り出しては読みふけり、また草鞋わらじがけで弁当を持って、領内を丹念に歩きまわったり、熊井川へ魚釣りにでかけたりした。城代家老をねらっているなどというそぶりはいささかもみえない、それは誰の眼にもまさに保養している人の姿であった。

九月になったばかりの或る日、――
頼母は熊井川へ釣りにでかけた。そこはまえにもいちど来たことがある、観音寺の丘陵をまわった流れが右へ大きく曲って、かなり広い淀みをなしており、汀から川の中までびっしりと葦が茂っている。――頼母は萱笠すげがさをかぶり、腰には脇差だけ差して、あわせの着ながしであった。堤からおりたところは、もろくなった堤の土が崩れるため、ひとところ高く、水の中へと突出ている。彼はそこを選んで釣竿の支度をした。
秋の朝のやや冷たい風が吹いていた。
頼母の釣りは魚を釣るのが目的ではない。安逸のふうを人に(もし見られたばあいには)示せばいいので、釣ることにはなんの興味もないのであった。釣糸を垂れた彼は、竿を足もとの土に突き立て、自分は堤の斜面へ腰をおろした。
風の渡るたびに、葦は片方へなびき、黄ばみはじめた葉と葉が、さわさわと乾いた音をたてた。
まもなく三寸ばかりのふなが釣れ、続いて三尾かかった。そうして、また竿を土に突き立てようとしたとき、土の下でつかえる物があり、さらに強く突くと、なにか割れるような手答えがあった。どうやら箱でも埋まっているらしい、――彼は竿で土を掘ってみた、するとはたして文箱のような物が出て来た。
「たしかに文箱だ」と頼母は呟いた、「こんな処にどうしてこんな物を埋めたのか」
箱にはひもが結んであった。腐ってぼろぼろになっているため、触るとすぐに千切れたが、箱を結んだ紐だということは、金具があるのですぐにわかった。箱もすっかり腐朽しているけれども、ところまだらに漆や蒔絵まきえの残っているのが見えた。
風が来て、さっと葦がそよぎ渡った。
頼母は蓋をあけてみた。中に手紙が入っていた。彼はそれを取出して、丁寧にひろげていった。ずいぶん古いらしい、紙は茶色になって、のりのためにり付いている。巻きほぐすにしたがって、貼り付いた部分がげたりまた裂けたりした。そのうえ書いてある仮名文字も(それはあまり上手でない女の筆跡だったが)水のためにじんでいるので、判断できない部分が多かったが、ひろいひろい読んでゆくと、左のような意味のことが書いてあった。

――けいさま、あたし死んでゆきます。
書きだしにはそうあった。
――あたしが死ぬ気になったのは、今夜のお二人の話を聞いたからです。けれどもそれだけが理由ではありません、本心を云うといまが死ぬときだと思うからです。
あたしはいま身も心もよろこびと幸福でいっぱいです。あたしはあなたとめぐりあい、こんなにも愛しあうことができました。あたしも身についたものをぜんぶ棄て、義理を欠き、生れた土地を去ってあなたお一人によりすがりましたし、あなたもあたしのためにお家やお名を忘れ、なにもかも棄てて下さいました。
――あたしの心にもからだにも、あなたの愛情がまだ火のように熱く燃えています。あたしは人が三度生れて来たよりもよけいに生き、もっと深いよろこびと幸福を味わいました。あたしはいま、――こんなにも強く愛しあった人がほかにいますか、と叫びたいような気持です。この幸福な、燃えるようなよろこびが消えないうちに死にます。かがみを黙って頂きますが、これをあなただと思って、いっしょに抱いてゆきたいのです、どうかおゆるし下さい。
――ああけいさま、あたしが死んでゆくいま、どんなにうれしく仕合せな気持でいるか、あなたにわかって頂けるでしょうか。……いまあなたはよく眠っていらっしゃる、観音寺の鐘が二時をうちました。ではこれでお別れ致します。けいさま、さようなら。
終りに名が書いてあるが、字がすっかり滲んでいて読めなかった。頼母は「ふん」と鼻をならした。
字もうまくないし文章もつたない。だが、そこには恋のよろこびが凱歌がいかのようにうたってあった。それは恋の陶酔のなかで死んでゆく女の、歓喜と勝利の叫びといってもよかった。
――頼母はなにか思いだしたろうか、いや、なにも思いだしたようすはない、彼は軽侮の眉をしかめた。「よろこびと、幸福か」と彼は云った、「ふん、これを書きのこして死んだんだな、――どんな女か知らぬが、ばかなことをしたものだ」
頼母はその手紙を投げ捨て、もういちど釣竿を土に突き立てた。
風が渡って来て、葦が片向きに、葉をそろえてなびき揺れた。さわさわと乾いた音をたてながら、――葦たちはなにか囁きあっているようであった。十八年まえの或る夏の早朝、濃い霧の中であった出来事と、いま頼母が手紙を投げ捨てたことについて、……風がしきりに渡り、葦はさわさわと鳴りなびいていた。
頼母は堤に腰をおろし「城代」をものにする計画を、たのしげに考えはじめた。