『紅梅月毛』

あらすじ
戦国時代、伊勢国・桑名城を治める本多忠勝は、伏見城で行われる馬比べに出場する馬術の名手を選ぶことになった。家中の馬術に秀でた16名が集められた中で、選ばれたのは寡黙な武士・深谷半之丞だった。
馬比べのため、老臣・松下河内の娘・阿市が名馬「牡丹」を半之丞に託す。しかし、半之丞は誰もが認めるこの名馬ではなく、あるみすぼらしい老馬を選ぶ。周囲の者は驚き、嘲笑する者さえいたが、彼は意に介さなかった。
実はその老馬こそ、かつて半之丞が関ヶ原の戦場で共に命を賭けて戦った馬、「紅梅月毛」だった。名もなき馬に過ぎなかったが、彼の手で鍛え上げられた紅梅月毛は、どんな馬にも劣らぬ力を秘めていたのだ。
馬比べ当日、名だたる武将たちが誇る俊足の馬が次々と激しい競技に挑む中、紅梅月毛は悠々とした走りで戦場さながらの障害を乗り越えていく。そして結果は、馬の速さでは三番手だったが、槍や弓の技ではすべて首位を獲得するという圧巻の勝利を収めた。
競技後、将軍・徳川家康は「なぜ名馬に乗らなかったのか」と半之丞に問う。彼は静かに答えた。「これは馬の速さを競う催しではなく、騎士の技量を試す場である」と。武士にとって最も重要なのは、どんな馬に乗っても戦える腕前であるという、本多家の誇り高き信念を示したのだった。
伏見から桑名へ帰ると、名馬「牡丹」を差し出した阿市は深く失望し、半之丞のもとを去った。しかし、一方で、半之丞の老馬を懸命に世話していた少女・お梶は、その馬がかつての「紅梅月毛」だったことを知り、涙を流す。戦場を共に駆け抜けた馬が、今もなお主人のもとで誇りを持って生きていることに、彼女は深い感動を覚えるのだった。
「名馬とは何か? 誇りとは何か?」
名を馳せる馬ではなく、無名の馬にこそ宿る真の強さを描いた、武士と馬の絆の物語。