『あらくれ武道』

あらすじ
戦国時代、小谷城主・浅井長政に仕える剛勇の士、宗近新兵衛は、その豪胆な武勇で名を馳せる「小谷の荒くれ」だった。彼の容姿は堂々たるものであったが、一つだけ大きな特徴があった——それは大きく左に曲がった鼻である。新兵衛はこの鼻を笑われることを何よりも嫌い、鼻のことを口にした者には容赦なく怒りを爆発させた。
ある日、新兵衛はお市の侍女・浪江を見初め、妻に迎えたいと願う。しかし、浪江は「宗近様だけはお断りします」ときっぱりと拒絶した。新兵衛は怒り、恥じ、そしてどうすれば浪江の心を掴めるのか悩む。
ついに彼は大胆な行動に出る。ある日、浪江を力ずくで連れ去り、自らの屋敷へと監禁するのだった。新兵衛は「一年の間、ここで過ごせ。その後でまだ嫌ならば、諦めよう」と言い渡す。浪江は反抗せず、ただ黙って新兵衛の世話をし続ける。しかし、彼女は一言も言葉を発しようとしなかった。
時が流れる中、浅井家は存亡の危機を迎える。新兵衛の主君・長政は、織田信長との盟約を破った父・浅井久政の決断に従い、信長と戦う道を選ぶ。結果として小谷城は落城し、浅井家は滅亡の運命を辿ることとなる。
お市とその子供たちは信長によって助けられることになり、浪江もその一行に加わることが決まる。新兵衛は浪江に「早く支度をし、お方様に従って行け」と命じる。だが、その時、浪江は初めて自らの思いを打ち明ける。
「私は最初からあなたの妻になるつもりでした。でも、あなた様が鼻のことで怒るたびに、武士としての心が足りないのではないかと思ったのです。だから、その心が治るまでは妻になる気になれなかったのです」
浪江の言葉に、新兵衛は深く打たれる。しかし、それでも彼女を戦乱の道連れにはできないとし、涙をこらえて送り出すのだった。
やがて、小谷城は落城し、長政は自害。新兵衛もまた最後まで織田軍と戦い、ついには捕らえられる。信長の前に引き出された新兵衛は、誇り高く織田の裏切りを糾弾し、「浅井家の忠臣」としての最後の言葉を残し、壮絶な最期を遂げた。
それから数年後。浪江は再び小谷の地を訪れる。風に揺れる秋草の中、新兵衛の亡骸が眠る場所に水を捧げ、静かに囁く。
「あなたは最後まで、あなたらしかった。どうか安らかに……」
浪江の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。遠く湖水の彼方、風が静かに吹き渡っていた——。