『浪人一代男』

あらすじ
【序章】藩を追われた浪人
かつて下野国太田原藩の物頭として500石を領していた津村三九馬(みくま)。彼の父である津村宗兵衛は、藩主太田原信敏のもとで忠義を尽くしていたが、ある陰謀に巻き込まれ、非業の死を遂げることになる。
藩主・信敏には男子の世継ぎがなく、不二緒姫(ふじおひめ)を婿養子を迎えて後継者とする計画が進んでいた。婿候補には戸田竜之助(足利藩采女正の三男)が選ばれたが、藩の国家老である**谷沢曹太夫(たにざわそうだゆう)**は、自らの息子を世継ぎにしようと画策。
曹太夫は陰謀を巡らし、不二緒姫と三九馬が密通しているという虚偽の噂を流し、足利藩側に婚約破棄を申し入れさせようとする。宗兵衛はこの事態を阻止するため、あえて自らが悪役を引き受け、不二緒姫との関係を捏造する。しかし、この策略を逆手に取られ、宗兵衛は諫死(上司の誤りを諌め、抗議のために自害すること)を余儀なくされる。
これにより、三九馬は母と共に藩を追放され、浪人として江戸での流浪生活を送ることになる。
【第一幕】浪人・業平の鬼
三年後の江戸。
三九馬は、浪人として剣を頼りに生きる日々を送っていた。彼の剣技は卓越しており、「業平の鬼(なりひらのおに)」と異名を取るほどだった。
ある夜、江戸の新明神社の祭りで、三九馬は**巾着切り(スリ)**をしていた若者を助ける。若者の仲間である女白浪(女盗賊)お紋は、この出来事をきっかけに三九馬に心を寄せるようになる。以来、お紋は三九馬のもとへ通い続け、彼を慕い、共に過ごすようになっていく。
しかし、三九馬の過去は彼を逃がしてはくれなかった。
【第二幕】不二緒姫の危機
ある日、三九馬のもとに深井孫七が現れる。彼は、藩に残る不二緒姫派の旧臣であり、三九馬に助けを求めるために訪れたのだった。
孫七が語るところによると、不二緒姫は今や失明し、身体も衰えている。そんな姫を利用し、谷沢曹太夫は再び足利藩との縁組を破談にしようと企んでいたのだ。曹太夫は、不二緒姫を藩外へ隠し、密かに自分の息子を世継ぎにする計画を進めていた。
一方で、足利藩の戸田竜之助は、不二緒姫を迎え入れる意志を変えず、たとえ盲目であっても彼女と正式に婚姻を結ぶ覚悟を決めていた。そこで孫七たちは、曹太夫が姫を連れ去る前に品川・法善寺前で襲撃し、姫を救い出す計画を立てていた。
しかし、曹太夫側も万全の準備を整えていた。彼は護衛として、丸川糺(ただす)、鴨沢藤吉、大村武兵衛らの剣客を雇い、万が一の襲撃に備えていた。
孫七たちは三九馬に助力を頼むが、三九馬は一度はこれを拒否する。しかし、その夜、門付(物乞いをしながら芸をする者)の盲目の少女が、ならず者に蹴られている姿を目撃し、不二緒姫の姿と重なり、決意を固める。
【第三幕】決戦の夜
決戦は夜明け前。
品川・法善寺前で待ち伏せしていた三九馬と孫七たちは、曹太夫一派と激突する。三九馬は剣の腕を存分に振るい、次々と敵を斬り伏せていく。特に、丸川糺、大村武兵衛との戦いは壮絶だったが、三九馬はこれを制し、曹太夫の護衛をほぼ壊滅させる。
最後に残った曹太夫は、三九馬と直接対決を試みるが、剣を打ち落とされ、無惨に倒れる。
孫七たちは、姫を無事に保護し、足利藩へと送り届ける準備を整える。
【終幕】別れと旅立ち
姫の乗る籠が出立する前、三九馬は最後に不二緒姫と対面する。
失明した姫は、三九馬の姿を見ることができないが、その声を聞き、懐かしさに涙を流す。そして、彼女は三九馬に「そなたは生きておくれ。私の分まで生きておくれ」と告げる。
しかし、不二緒姫は竜之助との結婚を拒み、出家する道を選ぶと言う。これを聞いた三九馬は、言葉を失いながらも、姫の決意を尊重し、別れを告げる。
姫の籠が遠ざかる中、三九馬は涙を拭い、静かに見送る。
そこへ、お紋が現れる。彼女はすでに旅支度をしており、三九馬と共に旅立つ覚悟を決めていた。
「一緒にお連れくださいとは申しませぬ。ただ、私も旅に出て、自分の生き方を見つけたいのです」と告げるお紋に対し、三九馬は微笑み、「ならば共に行こう」と答える。
三九馬は、「俺は生涯、妻を娶らぬ。だが、お前を立派な女にしてやる」とお紋に告げる。
そして二人は、雨の降りしきる中、江戸を後にして旅へと向かう。