『夜の辛夷』

夜の辛夷 山本周五郎

あらすじ

江戸の岡場所「吉野」で働くお滝は、ある雨の夜、職人風の男元吉を客として迎える。元吉は金払いが良く、決してお滝に手を出さず、ただ泊まるだけの奇妙な客だった。だが、そんな元吉に、お滝は次第に惹かれていく。

実は、お滝にはもう一つの顔があった。彼女は岡っ引の根岸の政次の手先として、悪事を働く者を密告する役目を担っていた。かつて騙され、子を抱えながらこの世界に身を沈めたお滝は、「悪い奴は許さない」と決めていたのだ。

ある日、政次から「元吉の左胸に匕首(あいくち)の彫り物があるか確かめろ」と指示を受ける。元吉の素性に疑いを持ちつつも、お滝は彼を呼び寄せ、さりげなく肌に触れる。そして、そこには確かに匕首の刺青が刻まれていた。

政次に報告し、元吉は盗賊「匕首の吉」であることが判明する。逮捕が目前に迫る中、お滝は彼に逃げるよう懇願するが、元吉は「こうなることを待っていた」と語る。彼は過去の過ちに嫌気がさし、いずれ捕まる運命を受け入れていたのだった。

雨の降る夜、お滝は最後に願いをかける。「一度だけ抱いてほしい」と。しかし、ちょうどその時、窓から辛夷(こぶし)の花びらが舞い落ちる。驚き身を引く元吉に、お滝は思わず笑い出し、やがて涙へと変わっていく。

「人間って、こんな時でも笑えるのね…」

雨は静かに上がり、運命の時が訪れる。

書籍

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