『山女魚』

あらすじ
藩士・平松丈之助 は、藩の史料編纂のため江戸に滞在していた。あるとき、国許の兄・春樹 から届く手紙に異変を感じる。以前は憂鬱な内容ばかりだったのに、ある日突然、晴れやかで達観したような文面になったのだ。不吉な予感を抱いた丈之助は、親友の 森井保馬 に兄の様子を見守るよう頼む。
しばらく後、春樹が病死したとの報せが届く。しかし、保馬に確かめたところ、実際には春樹は大瀬川の兜岩から身を投げ、自殺を装って亡くなっていた ことが判明する。丈之助は、春樹の死の真相を探るうちに、兄が残した 遺書が何者かに隠されている ことに気付く。
一方で、丈之助には思いも寄らぬ話が持ち上がる。親族の間で、兄の妻 しず江 を丈之助の妻に迎え、平松家を継がせようというのだ。しかも、春樹自身が生前、しず江との結婚を遺言として残していたという。しかし、遺書はどこにも見つからない。
疑念を抱いた丈之助は、しず江の部屋を密かに探り、ついに 兄の遺書 を発見する。そこには、春樹の衝撃の告白が記されていた。
――しず江が愛していたのは丈之助であり、春樹はそれを知りながらも彼女と結婚していた。しかし、その事実を悟った春樹は、しず江に対する後ろめたさと、自らの病の進行を理由に、潔く命を絶つことを決意したのだった。そして、遺書の最後には「丈之助がしず江の想いを受け入れてほしい」という兄の切なる願いが綴られていた。
すべてを知った丈之助は、絶望と葛藤の末、兄の遺志を受け入れ しず江と共に生きる決意をする。雪の降る夜、彼はしず江の手を取り、「兄の贈り物を素直に受けよう」と語るのだった。
――人生において、掴むべきもの、手放すべきものとは何か。
兄弟の深い絆と愛が交錯する、悲しくも美しい物語。