『一領一筋』

一領一筋 山本周五郎

あらすじ

武士の誇りとは何か――その答えを求めた男たちの物語。

高松藩の年寄役・鴨部五郎左衛門は、癇癪持ちで頑固な性格。家柄と誇りを何より重んじる彼には、跡継ぎとなる男子がいなかった。しかし、持ち前の意地で「ならば婿を選び抜いて迎えればよい」と考え、婿探しを始める。

そこで目をつけたのが、番頭役・内田覚右衛門の三男である圭之助だった。圭之助は幼少期こそ目立たない存在だったが、やがてその才を見込まれ、江戸で剣術や学問を修めた人物。高松藩主・松平頼重からも「ただ者ではない」と高く評価されていた。

五郎左衛門は縁談を持ちかけるが、内田家にはすでにいくつもの縁談が舞い込んでおり、即答を得られない。しかし、圭之助本人が「もし土蔵にご異存がなければ、鴨部家へ参りたい」と申し出たことで、婿入りが決定する。

ところが、圭之助の婿入りは前代未聞のものだった。鎧一領、槍一筋を持っただけの簡素な姿で、まるで戦場へ向かうかのように鴨部家へ乗り込んできたのである。さらに、祝言の後すぐに登城し、新たに開かれる藩の剣術道場の設立に尽力するなど、婿として家に落ち着く気配がない。

そんな圭之助の態度に不満を募らせる五郎左衛門。彼は「婿として家の誇りを守る存在」としての圭之助を期待していたのに、圭之助は家伝の品にも関心を示さず、折角の秘蔵の七葉松を折り、家宝の茶碗「渋柿」まで割ってしまう。さらには、藩主から「学問のことなど知りもしない」と言われる始末。五郎左衛門は「これではなぜ婿に迎えたのかわからない」と愕然とする。

しかし、ある夜、藩主・頼重から圭之助の真の姿を聞かされる。圭之助は、武士として生きることに徹し、剣術や学問を「仕官の道具」ではなく「武士としての本分を貫くための修行」としていたのだ。彼が婿入りの際に持参したのは、たった鎧一領、槍一筋のみ。それ以外の「装飾品」は、武士の生き方には不要と考えていたのである。

五郎左衛門は、この話を聞き、自らの未練がましい価値観を恥じる。長年誇りにしてきた家宝を「無用のもの」と悟り、それらを処分する決意をする。そして圭之助に「この家宝、どうしたらよいか」と問うと、圭之助は静かに「私なら、お社へ納めるところでございます」と答えた。

鎧一領、槍一筋――それが武士の生き方であり、圭之助の信念だった。
五郎左衛門はようやく、圭之助が何者であるかを理解し、心からの敬意を抱くのだった。

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