『討九郎馳走』

あらすじ
岡崎藩の徒士組支配である**兼高討九郎(かねだか とうくろう)は、武骨で戦闘向きの武士だった。
彼は勝ち組(戦闘部隊)の指揮を執り、野戦訓練に没頭していたが、ある日突然、藩の命令により「馳走番(ちそうばん)」という接待役に任じられる。
馳走番とは、岡崎を通る大名や幕府要人の接待や宿泊の世話をする役職であり、礼儀や社交が求められる。しかし、不器用で無口な討九郎にはまったく向かない職務であった。
老職の水野主馬(みずの しゅめ)に辞退を願い出るも、岡崎藩主・**水野監物忠善(みずの けんもつ ただよし)**の意向であるため、断ることは許されなかった。
討九郎は渋々役目を引き受けるが、接待を心から務める気にはなれず、大名たちからの質問にも「存じません」とそっけない態度を貫く。
ある日、尾張藩主・徳川大納言義直の接待を任される。義直は岡崎藩と敵対関係にあり、討九郎を試すような質問を次々に投げかけた。
「岡崎城の石垣の数は?」
「八丁矢川にかかる橋はいくつある?」
討九郎はすべて適当に答えるが、義直に嘘を見破られる。しかし、討九郎は動じず、毅然とこう答えた。
「武士が自藩の防備を他藩に明かすはずがございません。」
この大胆な態度に義直は興味を抱き、討九郎を酒宴に招く。討九郎は次々と酒を勧められ、最後には泥酔してしまう。
その夜、家士の松之丞と貝塚弥五郎が、義直の家臣が八丁矢川を密かに渡る姿を目撃する。
討九郎はこれを密偵と見抜き、夜明け前に捕らえて討ち取る。
討九郎は密偵の首をさらし、義直の行列の前に立ちはだかる。
「岡崎の防衛を探る者は、たとえ尾張の者であろうと許しませぬ。」
義直は怒りをこらえ、行列を進めるしかなかった。
この件が江戸に報告されると、岡崎藩主・水野監物忠善から討九郎に書状が届く。
「使わすこと、その方に馳走番を命じたる死体、今こそ打点参りたるべし。よき仕方なり。褒めとらす。」
この言葉を受け、討九郎はようやく気づく。
「馳走番とは、単なる接待役ではなく、戦のない時代における“武士の戦場”である」
そう悟った討九郎は、己の武士道を胸に、馳走番の役目を果たしていくことを決意するのだった。