『人情裏長屋』

あらすじ
江戸・木挽町の裏長屋に住む浪人・松村信兵衛(まつむら しんべえ) は、働きもせず朝から酒をあおる日々を送っていた。しかし、長屋の人々が困っているとそっと手を差し伸べる粋な性分から、「先生」と慕われている。
ある日、新しく長屋に越してきた浪人 沖石主殿(おきいし とのも) は、乳飲み子の鶴之助(つるのすけ) を残し、ひっそりと姿を消す。己の出世のため、我が子を捨てたのだ。その夜、信兵衛は決意する——「俺がこの子を育てる」と。そして、それを支えるのが、信兵衛を慕うそば屋の老人 重助(じゅうすけ) とその孫娘 おぶん だった。
信兵衛は、剣術の達人であった。生活費を稼ぐため、道場を渡り歩き、「負けてやる」ことで報酬を得ていた。しかし、酒を断ち、夜鷹そばを売ることで地道に稼ぎながら、鶴之助を育てていく。やがて、親子のような絆が生まれるが、1年後——出世した沖石主殿が、鶴之助を迎えに現れる。
「武士として生きるのが本当の道なのか?」
「たとえ血がつながっていても、親とは何か?」
揺れる信兵衛と、必死に止めようとするおぶん。そして、彼が出した決断とは——?
江戸の貧しい長屋に生きる人々の情けと誇りを描いた、山本周五郎の名作時代小説『人情裏長屋』。