『水たたき』

水たたき 山本周五郎

あらすじ

江戸の料理屋「よし村」の主人・辰造は、腕の立つ板前でありながら、寡黙で気難しい性格の男だった。そんな彼の支えとなっていたのは、若く純粋な女房・おうら。しかし、ある日、おうらはかつて「よし村」で働いていた板前・徳次郎とともに姿を消してしまう。

辰造は表向き平静を装いながらも、おうらへの深い愛と裏切りに苦しみ、ますます頑なになっていった。そんな折、近所に住む浪人・角田与十郎と親しくなり、彼に自らの過去を語り始める。辰造はかつて、おうらを愛するがゆえに「浮気の一度くらい経験させてやりたい」と冗談交じりに言ったことがあった。しかし、それが彼女を苦しめ、結果として出奔へと繋がったのではないかと悔やんでいたのだった。

その後、渡り職人の久七から、徳次郎が新たに「大吉」という店を構えたことを知らされる。辰造はついに意を決し、「大吉」へと赴く。だが、徳次郎は驚きの事実を語った。おうらは出奔していなかったのだ。彼女は浮気をするつもりで「大吉」を訪れたものの、土壇場で自らの気持ちに気づき、すぐに「よし村」へ戻ったという。そして、彼女はその足で隅田川に身を投げていた…。

奇跡的に助けられたおうらは、叔母のいせの元で密かに療養していたが、心身ともに衰弱し、生死の境をさまよっていた。辰造はついに彼女の元へ向かう。やせ細ったおうらは、苦しげな表情を浮かべながらも、彼の姿を見ると弱々しく微笑み、震える手を伸ばした。「水たたきって言うとおばさんは笑うのよ。でも、違うんですって…」――か細い声で呟くおうら。辰造はその手をしっかりと握りしめ、「家へ帰ろう」と優しく語りかけたのだった。

「水たたき」は、愛の形とは何かを問いかける物語。許すこと、許されること、そして人が人を想うことの深さを静かに描いた、山本周五郎の珠玉の名作です。

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