『日本婦道記 蜜柑畑』

あらすじ
紀伊の国の郷士・清川信乃は、兄・清川信左衛門の親友である杉屋伝三郎と婚約していた。しかしある日、信乃は城下町で伝三郎と見知らぬ女性、そして幼い子供が一緒に歩いているのを目撃する。その夜、信左衛門から伝三郎との婚約が破談になったことを知らされる。理由は、伝三郎に「隠し妻」とその子供がいたためだった。
突然の裏切りに深く傷ついた信乃は、結婚を拒み、山中の五反田に移り住んで農業を始める。兄や周囲の勧めにも応じず、ただ静かに田畑を耕しながら年月を重ねた。
それから8年後のある日、見知らぬ女性が信乃を訪ねてくる。彼女の名は時山かね。かつて信乃が町で見かけた女性だった。かねは、実は伝三郎の「隠し妻」ではなく、亡き夫・時山良一郎の遺言で、息子の達之助に時山家の家名を継がせるために伝三郎の助けを借りていたのだと告白する。
伝三郎は、兄を失い、家名を存続させるために苦しみながらも、信乃との婚約を破棄せざるを得なかった。その真相を知った信乃の胸に去来するものは何だったのか。信じることの意味、そして本当の愛とは何かを静かに問いかける感動の物語。