『浪人走馬灯』

あらすじ
江戸の町道場で代師範を務める来馬辰之介は、武芸に秀でながらも仕官を固辞し続ける謎多き浪人。ある日、道場を訪れた仙台伊達家の家臣・村岡金弥と石谷孫左衛門から、正式な召し抱えの話を持ちかけられるが、辰之介は頑なにこれを拒む。その理由は、彼がかつて仕えていた藩で起きた悲劇にあった。
辰之介の父は、但馬守に仕える武士だったが、ある茶碗を巡る理不尽な疑いをかけられ、切腹を命じられる。真相が明らかになったときにはすでに遅く、辰之介は藩を去り、二度と主君を持たぬと誓っていたのだった。
そんな辰之介の運命は、ある夜、武家の娘おきぬとの出会いによって大きく動き出す。悪者に追われる彼女から預かった箱の中には、父の死の原因となった「青嵐の茶碗」が入っていた。おきぬの父根本嘉兵衛は、かつて辰之介の父の組下だった男であり、現在は但馬守の御用人だった大河原蔀の一派に利用され、盗み出した茶碗を隠し持っていたのだった。
茶碗を取り戻し、父の無念を晴らすため、辰之介は蔀の一派が潜伏する屋敷へ単身乗り込む。そして、かつての主家を陰で操り、不正を重ねてきた蔀との因縁の決着をつける。最後に、辰之介は憎しみを込めて青嵐の茶碗を砕き、運命に囚われた己を解放するのだった。
事件が終わり、辰之介は自害した嘉兵衛の娘おきぬを引き取り、彼女の行く末を見守る決意をする。これまで仕官を拒み続けてきた彼だったが、母つゆのためにも新たな道を歩むことを決意し、ついに仙台伊達家の迎えを受け入れるのだった。
『浪人走馬灯』は、武士としての誇りを守りながらも、運命に翻弄される男の生き様を描いた山本周五郎の傑作です。仕官を拒み続けた辰之介が、過去と向き合い、新たな道を歩み出す姿には、武士道の本質と人間の成長が見事に描かれています。果たして真の武士とは何か——時代小説の醍醐味を存分に味わえる一作です。