『武道用心記』

あらすじ
岡山藩の大横目(治安を司る役職)建野竜右衛門は、50歳を超えても威厳を保つ武士であるが、家族は娘の双葉のみで、息子は江戸詰めになっている。甥の富安真之助は江戸勤務の際に持ち前の燗癖(短気な性格)が災いし、失敗を重ねた末に国許へ戻ることとなった。彼の性格を案じた竜右衛門は、武士には「堪忍」が重要であると諭すが、真之助はまだそれを理解できずにいた。
そんな折、岡山藩で大事件が起こる。大阪奉行所が囚人を沖ノ島へ送る途中、岡山の河口に停泊していた船で囚人たちが脱走する「船破り」が発生した。脱走した7人のうちの1人が伝吉であり、彼は妹を侍に騙され、自害に追い込まれた過去を持つ。伝吉は妹の敵討ちのために脱走し、岡山城下へと潜伏する。
一方で、竜右衛門の娘・双葉には婚約者が決まっていた。それが、竜右衛門が信頼を寄せる大横目の筆頭心得・越智孫次郎である。しかし、双葉は孫次郎に対し何か違和感を覚え、従兄の真之助に相談する。真之助も孫次郎に対して疑念を抱いていたが、まさか彼が伝吉の妹を弄び、捨てた張本人だとは思ってもいなかった。
やがて、真之助は伝吉から事情を聞き、孫次郎の非道な行いを知る。だが、孫次郎は武士の立場を利用して罪を逃れようとする。伝吉とその仲間たちは孫次郎に復讐しようと動き出すが、逆に孫次郎の手によって伝吉は討たれてしまう。
事件の混乱の中、孫次郎は双葉を誘拐し、備中へ逃れようとするが、船破りの生き残り4人によって阻まれる。彼らは伝吉の意思を継ぎ、孫次郎に裁きを下そうとしていた。そこへ真之助が駆けつけ、双葉を救い出す。船破りの仲間たちは自らの運命を悟り、潔く姿を消す。
最後に、真之助は双葉に向かって「お前は俺の妻になる」と宣言する。双葉は何も言わず、静かに彼の腕に身を預けるのだった。闇の中、燃え盛る炎の中で、真之助の決意がより一層強くなっていく。
この物語は、武士の誇りと堪忍、そして人間の正義とは何かを問う、山本周五郎の感動的な時代小説である。