『新三郎母子』

あらすじ
父の顔を知らずに育った平井新三郎は、病に伏せる母津禰の願いを胸に、江戸から岡山へとやってきた。父の行方を探しながらも貧しい暮らしを送る母子。ある日、新三郎は岡山藩士永松勘兵衛とその娘貞江(さだえ)**に出会い、親子のように支え合うようになる。
しかし、勘兵衛は新三郎の振る舞いから、彼がただの浪人ではないことを察し、その素性に疑問を抱く。一方、新三郎は母の口から父の名を聞くことができず、苦悩を募らせていた。そんな中、新三郎は町で乱暴者たちに絡まれるが、見事な剣技で撃退する。この出来事が彼の身分に関するさらなる疑念を生む。
やがて、母の病状が悪化し、医者に「野干の生き肝」が最良の薬と勧められる。母を救いたい一心で新三郎は弓を手に狩りへ向かうが、誤って岡山藩の乙女ヶ原で狩りをしてしまう。そこは藩主の領地であり、金星(禁制)を犯した罪で捕えられてしまう。
このままでは新三郎は死罪——その時、貞江が母の過去を問いただし、新三郎の出生の秘密が明らかとなる。新三郎の父はなんと岡山藩の藩主、池田新太郎少将光政だったのだ。しかし、津禰は新三郎の命を助けるためとはいえ、藩に混乱を招くことを恐れ、真実を明かすことを拒む。
それでも勘兵衛は新三郎を救うために動き、藩主の元へと直訴する。やがて光政自身も新三郎の正体を知り、その堂々たる態度と武士としての覚悟を称えて、死罪を免じることを決めた。新三郎はついに父と対面するが、親子の名乗りをあげることはせず、静かに岡山を去る。そして後日、勘兵衛の家を訪ねた光政は、新三郎の母子がすでに旅立ったことを知り、ひそかに支援を託して彼らの無事を願うのだった——。
親子の絆、武士としての誇り、そして運命に抗う若侍の姿を描いた感動の物語。