『風車』

あらすじ
梶原金之助は、大坂の与力の二男として生まれ、出世を目指して江戸に出てきたものの、叔父の仕送りに頼って気ままな暮らしをしていた。剣術も学問も優れた才を持つが、野心を抱きながらも本気で努力をすることなく、酒と怠惰な日々を送っていた。そんな彼を世話し、家計のやりくりをするのが女中のおつゆである。彼女は静かに金之助を支えながらも、彼が本当の意味で目覚めることを願っていた。
ある日、浪人仲間の椙井勝三から「とある大名が有能な人物を求めている」という話を持ち掛けられる。しかし、金之助はその話に乗ることなく、相変わらず怠けた生活を続けていた。一方で、不義理を重ねて縁が切れかけている岡崎兵馬が、怪しげな動きを見せるようになる。
そんな折、金之助は隣の屋敷に住む美しい姫君、松姫と偶然出会う。彼女は信濃の大名の娘で、家中の政争に巻き込まれ、身の安全のためにひっそりと隠れ住んでいたのだった。しかし、その秘密を狙う浪人たちが屋敷を襲撃し、松姫の命が危険に晒される。金之助は迷いを捨て、剣を振るい姫を救い出すことで、初めて自分の使命に目覚める。
この一件をきっかけに、金之助は武士としての道を本気で歩み始め、松姫の護衛役として仕えることになる。そして、彼が江戸を去る日がやってくる。金之助は長屋を引き払い、新たな人生へと踏み出そうとするが、その背後でおつゆは静かに身を引く。彼女は自らを金之助の足かせにはなるまいと考え、ひそかに姿を消すのだった。
時が経ち、金之助は立派に出世を果たす。しかし、彼はおつゆが自分の人生にとってどれほど大切な存在だったのかを、離れてから初めて痛感する。彼女の行方を探すも見つからず、ある日、偶然通りかかった寺の門前で、風車を売る店を見つける。そこでは、おつゆに似た女性が、穏やかな笑顔で風車を売っていた——。
「風車が回るたびに、あの日々が甦る——。」
金之助とおつゆの切なくも美しい物語が、風に吹かれる風車とともに静かに幕を閉じる。