『驕れる千鶴』

あらすじ
福山藩の美しき侍女・千鶴は、その華やかさと気高い態度から「驕れる孔雀」と噂される存在だった。彼女は多くの若侍たちの憧れの的でありながら、誰の求婚にも応じず、孤高の姿勢を貫いていた。しかし、彼女が突然選んだのは、藩の筆頭家老である虫明三右衛門——57歳の壮年の男だった。
この意外な結婚は世間の驚きを呼び、千鶴の真意を疑う声が飛び交う。彼女は本当に権力と財を求めたのか、それとも別の理由があったのか——。
一方、福山藩では、若き藩主阿部豊前守正固の側近たちと、忠義を尽くす老職たちの間で勢力争いが激化していた。三右衛門は藩の未来を案じ、藩政の立て直しを試みるが、それを快く思わない者たちの陰謀によって、彼は刺客に襲われる。辛くも難を逃れた三右衛門は、家臣石浜伝一郎や下僕たちとともに藩を離れ、友人である鎌田次郎左衛門の縁で、無徹が住職を務める松谿寺に身を隠すこととなる。
しかし、そこで彼を待っていたのは、城を捨てたはずの千鶴だった。彼女は侍女の身分から家老の妻へ、そして今はただの女として、三右衛門とともに生きる道を選んだのだった。侍女時代から密かに抱き続けていた想いを告げる千鶴。彼女の真心を知った三右衛門の胸には、今までとは違う感情が湧き上がる。
そして、運命の転機が訪れる。正固が隠居し、新たな藩主が立つことで、三右衛門の帰還が命じられる。福山へ戻る喜びに沸く者たちの中で、ただ一人、千鶴だけが涙を流していた——。
彼女が本当に望んでいたものは、地位でも財産でもなく、三右衛門その人だった。しかし、彼の帰藩は彼女との別れを意味する。千鶴は涙ながらにすべてを告白するが、三右衛門はただ静かに彼女を見つめる。
松林に響く鶴の声。かつて「驕れる孔雀」と呼ばれた千鶴の心は、ようやく真実の愛に辿り着いたのだった——。