『悪伝七』

あらすじ
榊原藩の老職・谷屋家の次男 谷屋伝七は、学問も武芸も冴えず、家中では「無能」と嘲笑される男でした。容姿にも恵まれず、兄や父からも疎まれ、すっかり諦めの人生を送っていました。しかし、彼には密かに思い焦がれる女性がいました。それが、町道場の師範 大貫太兵衛の娘で、美しいと評判の 藤緒です。
彼女を想うあまり、足が遠のいていた道場に通い始めた伝七でしたが、そこには伝七とは対照的に家中きっての利け者で美男の 市島三千馬がいました。三千馬は学問・武芸ともに優れ、さらに人望も厚く、藩の出世頭。しかも、藤緒との縁談が進められていると知った伝七は愕然とします。
しかし、親友の忠太郎に背中を押され、伝七は一世一代の決意を固めます。意を決して藤緒を嫁に欲しいと大貫太兵衛に申し出たものの、彼が提示した条件は「市島三千馬と真剣勝負をし、勝者が藤緒を得る」というものでした。
当然ながら、剣の腕に劣る伝七に勝ち目はありません。父 谷屋伝左衛門や兄 谷屋伝市郎からも「負ければ切腹」と言い渡され、絶望のどん底に突き落とされます。逃げ出そうとした伝七でしたが、忠太郎の提案で「藤緒をさらって駆け落ちする」ことを決意します。
夜陰に乗じて藤緒を連れ出した伝七と忠太郎。しかし、思わぬところで 市島三千馬 と鉢合わせします。ところが、三千馬は意外にも「藤緒を連れて行け」と言い放ちました。実は彼は出世のために上役へ金をばらまき、その借金を大貫太兵衛に頼っていたのです。藤緒との縁談もその義理から生じたもので、彼自身は望んでいなかったのです。
この告白に激怒した伝七は三千馬に決闘を挑みます。武芸では到底敵わないはずの伝七でしたが、その一撃が奇跡的に決まり、ついに三千馬を討ち果たします。
その後、伝七と藤緒は江戸へ旅立ち、伝七は修行を重ね、ついには水戸藩に取り立てられます。かつて「無能」と嘲笑された男は、愛と誇りをかけた一世一代の勝負によって、自らの運命を切り開いたのでした――。