『よじょう』

あらすじ
肥後熊本城の包丁人、鈴木長太夫が名高い剣術の達人・宮本武蔵に斬り殺された。ことの真相は、武蔵の実力を試そうと無謀にも襲い掛かった鈴木長太夫が招いた悲劇だったが、人々の目には武蔵への無念な死と映ってしまう。
一方、放蕩三昧で家を追われた長太夫の息子・鈴木岩太は、家族から「乞食にも劣る」と罵られ、街をさまよい絶望の日々を送っていた。しかし岩太が乞食のような暮らしを始めると、人々は彼が「父の仇を討つための覚悟」と誤解し、称賛と援助を惜しまない。
本当は仇討ちなど考えていなかった岩太だが、街の人々の誤解に乗じて、次第に快適な生活を手に入れていく。その噂を聞いた武蔵は自ら仇討ちの機会を作り出し、岩太が襲ってくるのを待ち続ける。しかし岩太にはそんな勇気も意欲もない。やがて武蔵は病に倒れ、岩太との決着を見ることなくこの世を去る。
だが、武蔵の遺言により岩太には武蔵が愛用した着物が贈られ、「余情の故事」に倣って着物を斬ることで恨みを晴らすことを勧められる。岩太は混乱しながらもこの着物を受け取り、結果として人々からさらなる尊敬を集める。
やがて岩太はその着物を飾った旅館「よじょう」を開き、町の評判となり大いに繁盛する。皮肉にも、彼は人々の誤解と偶然を巧みに利用し、本来の望みとは全く違う形で幸せな暮らしを手に入れてしまったのだった。
本作は人間の誤解や偶然が引き起こす皮肉な運命をユーモラスかつ深く描き出した物語であり、周囲の思惑に翻弄される人間の悲喜劇を鋭く突きつけている。